内観法を実践しよう!

否定的な感情ばかりにとらわれていると、絶えず受けている無数の恩恵を見逃してしまう。

ツキに見放されたような最悪な日でも、毎日受けている無数の恩恵を数えてみれば、自然と感謝の気持ちが湧き上がってくる。一日の出来事を振り返る内観法によって「ありがとう」の気持ちを深めよう。

1.今日、どんな恩恵を受け取ったか?

思いつく限りのことを、なるべく具体的に振り返る。
パートナーの笑顔、夜明けの鳥の歌声、あるいは混雑した高速道路で親切にも合流させてくれたドライバーのようなシンプルなものでもいい。あなたに何かを与えてくれた人の動機や態度は問題ではない。たとえば、あなたは友達にランチに誘われたかもしれない。でも、それはたまたまランチタイムに訪ねたからで、友達が事前にランチを食べさせようと努力したわけではない。それでもあなたはランチをご馳走になり、それに対して感謝の気持ちを抱く。感謝の気持ちを培うのに必要なのは、誰かの言動で何らかの恩恵を受けたという事実だけなのだ。

思い出した事柄の中で、それらが起こったときに感謝しなかったことを上げてみよう。
そうした好意の言動を受けたとき、あなたは何に注意を向けていたか思い出せるだろうか。何かの問題解決に必死だった、”やることリスト”を考えていた、あるいは何か判断を下そうとしていた?

私たちは往々にして世界に貸しがあるかのように生きている。今日どんな恩恵を受けたかを振り返れば、返すことができないような借りがあることに気づくだろう。この洞察は人を謙虚にさせるだけではない。それによってより深い感謝の念と、他の人の役にたちたいという思いが自然に沸いてくるだろう。

2.今日、どんな恩恵を与えたか

次に今日、他の人に何を与えたかを可能な限り具体的に振り返ってみよう。
先に述べたように、あなたの動機は重要ではない。実際にあなたは何を行ったのか?飼い猫に餌をやった、朝食の食器を洗った、あるいは友達にバースデーカードを送ったというシンプルなものかもしれない。あなたは多くの人々や動物にささやかながら、何かの貢献をしたこと、ひいては地球にポジティブな変化をもたらしたことに気づくかもしれない。

3.今日、どんな面倒や問題を引き起こしたか

なるべく具体的に検証すること。些細だと思われることを見逃さないようにする。あなたのリストには、「駐車する場所を探して交通の流れを止めた」とか「自分が座るためにソファにいた猫を追い払った」といったようなことが含まれるかもしれない。この質問がもっとも難しいかもしれないが、その重要性を軽視してはいけない。そこには自責の念や反省が伴うかもしれないが、この主目的はあなたの人生について現実主義的な視点を示してくれるだろう。一般的に私たちは、他人が引き起こした不便や迷惑には敏感だが、自分たちが不便の元凶のときのことは忘れがちだ。たとえそうしたとしても、単なる事故でたいしたことじゃないとか、そんなつもりはなかったと片付けてしまう。自分たちのことは大目に見てしまう。しかし、他人に迷惑をかけたと気づけば、エゴは小さくなり、人間は人々の好意によって生かされていることを思い起こさせてくれるのだ。

こうした質問は、家族、友人、職場の同僚、両親、ペット、さらに物体までを含む、すべての関係性を検証する枠組みを与えてくれる。

留意すべきは、この内観を瞑想的なプラクティスにしているのは、あなたが動機や意図を分析したり、解釈したり、判断したりしないからだ。あなたの意識は、自己中心的な思考法から物事をありのままに見ることに向けられる。すべてのヨガの伝統が指摘しているように、ありのままに見ることに、叡智と解放が宿るのである。

yoga JOURNAL ヨガジャーナル 日本版 VOL.20 2011

Notes